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天(TEN)

室町時代に包丁として生まれる。
長門国の住人である持主様の下で包丁として使えていたが1358年の大内氏の攻撃で霜降城が落城するとともに離れ離れになる。その悲しみから擬人化できるようになり持主様を探す旅に出ている。
普段は包丁の姿だがいつしか自由に人の姿になる事が出来るようになった。持主様を探し続けて約700年間経つが未だ出会う事は出来ていない。その間さまざまな歴史的場面に立ち会っていたとされている。








天について

プロフィール

刀身:160cm
重量:
性格:
特技:
口癖:
好きな食べ物:
苦手なもの:








歴史的場面

応仁の乱

室町時代の応仁元年(1467年)に発生し、文明9年(1478年)までの約11年間にわたって継続した内乱。室町幕府管領家の畠山氏、斯波氏の家督争いから、細川勝元と山名宗全の勢力争いに発展し、室町幕府8代将軍足利義政の継嗣争いも加わって、ほぼ全国に争いが拡大した。十数年に亘る戦乱は和睦の結果、西軍が解体され収束したが、主要な戦場となった京都全域が壊滅的な被害を受けて荒廃した。



本能寺の変

天正10年6月2日(1582年6月21日)早朝、京都本能寺に滞在中の織田信長を家臣・明智光秀が謀反を起こして襲撃した事件である。信長は寝込みを襲われ、包囲されたのを悟ると、寺に火を放ち自害して果てた。信長の嫡男で織田家当主信忠は、宿泊していた妙覚寺から二条御新造に移って抗戦したが、まもなく火を放って自刃した。これにより織田政権の中心人物が失われ、6月13日の山崎の戦いで光秀を破った羽柴秀吉が豊臣政権を構築していく契機となった。



関ケ原の合戦

安土桃山時代の慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)に、美濃国不破郡関ヶ原(岐阜県不破郡関ケ原町)を主戦場として行われた野戦。関ヶ原における決戦を中心に日本の全国各地で戦闘が行われ、関ヶ原の合戦、関ヶ原合戦とも呼ばれる。